映画レビュー/概要

160本目 シン・ゴジラ
2016年
監督:庵野秀明
主演:長谷川博己
評価:★★★★★

※このブログではネタバレを多く含みますので、未鑑賞の方は鑑賞後に御覧ください。

東京湾で大量の水蒸気が噴出。アクアライントンネルの崩落事故も起き、政府は原因究明に乗り出す。
内閣官房副長官である矢口蘭堂は、ネット上の動画などから、巨大生物が原因であると推測する。
その考えは一蹴されるかと思いきや、海上に巨大な尻尾が現れる。

調査を進めていく中で、とある教授が海底の生物に命名していた。
”ゴジラ”、と。

”ニッポン(現実)対ゴジラ(虚構)”の戦いが、幕を開ける。



”神”の再臨

『ゴジラ ファイナルウォーズ』より12年。
これが最後のゴジラだと銘打って公開された映画は、シリーズ中で見ればあまり興収がよくないものであった。
鳴海は当時14歳。劇場でファイナルウォーズを観賞したが、心の中ではずっと思っていた。
「ゴジラは必ず戻ってくる」と。

それに応えてくれるかのように制作されたのは、アメリカ版2014年ゴジラである。
スクリーンに帰ってきた、地球上最も恐れられる破壊神。
だが、彼の姿はどこか英雄(ヒーロー)のようであった。
昨今のヒーロー映画の影響なのか、アメリカの時勢を考えた結果なのかはわからないが、我々の知る”破壊神”の像とは少しイメージが違ったのである。
ともあれ、銀幕へ帰ってきたことは非常に喜ばしかった。あの咆哮を聞くだけで体が震えたのは今でも覚えている。

それから2年後。
噂はされていたが、純正日本のゴジラ映画が登場することになった。
数ヶ月前から予告編は公開されていたが、BGMと映像のみ。台詞は一切無し。

正直なところ、下手をするとハリウッド版04ゴジラよりも評価が下がる予想も建てていた。
今の邦画界で、破壊神をどう描くことができるのか。
非常に不安だったのである。

来る7月29日。
仕事が終わるとすぐさま映画館へ駆け込んだ。

そしてそこで鳴海は目撃したのである。
”神”の再臨を。

鳴海は、涙した。

序盤から怒涛の攻め

『シン・ゴジラ』を一度でも観賞したことがある人は誰もが感じたことから話をしよう。
序盤から、情報量が所狭しと鑑賞者に押し寄せてくるのだ。
船の名前、場所、人名、早口気味の台詞。
この演出はアニメに近いと思いつつ、今までのゴジラ映画ではなかった新鮮味が既にあった。
ゆったりとした事故の話を延々と見せられてもダレるし、これは面白かった。
そして”中略”など、エヴァを見慣れた人には今更感漂うフォント。
邦画であり実写の映画なのだが、この字幕が本当に合っていたと鳴海は思う。
今作を象徴する演出の一つとも言えるので、鑑賞者が苦手かどうかは除き、本当に素晴らしいものだった。

お前かい!!!

さて、本命のゴジラさんはどうやって出てくるのかな?

序盤の事故が巨大生物によるものだと分かった後は、それが”ゴジラ”なのか、”ゴジラと戦う生物なのか”が大きなポイントであった。

上陸した”何か”を観た初見での鳴海の一言目。

「きもちわるっ」

顔はどこ観てんだかさっぱりわからないし、変な赤い液体撒き散らすし、どう観たって気持ち悪い(※なお、何度も観賞するうちに可愛いと思うようになった。これがキモかわいいというやつなのか?)。

背びれはあるからゴジラの子供?みたいな奴なのか。
それを殺された腹いせに親が来るとか。

と思っていたら、突如BGMとして使われる、初代ゴジラでも利用されていた東京襲撃時のテーマ。
これがかかった瞬間に、コイツがゴジラである、という認知をゴジラを知らぬ人も、ゴジラを知っている人も確証を得たわけである。

新規BGMだけではなく、初代ゴジラの音楽を使うことのできるこの作品はとんでもない。
アンバランスになりがちである60年という歳月すら取り込んで、”新たなゴジラ”を誕生させた。

思わず涙が出る絶望感

ゴジラと言えば、やはり一番盛り上がるのは”放射能火炎”。
シリーズでは様々な形で描写されてきたが、『シン・ゴジラ』の熱線は想像を絶するものであった。

初代ゴジラは、白い息を吹きかけるとあたり一面火の海になるようなイメージであり、平成あたりになってくると、レーザービームのような青い熱線が主流になる。

今作での熱線描写は非常に恐ろしいものであった。それを映画館のスクリーンで目の当たりにしたのだから、絶望と感動が2つ入り交じるものとなった。

最初は初代のようなブレス型のもので、当たり一面がもの凄い勢いで燃え盛る。
「こりゃとんでもねぇ威力だ……」と思っていたのも束の間、その吐く息は徐々に形を変え、光線式の熱線へと変化していったのだ。

威力も、演出も、とんでもないものを観た。

座席で観ていた鳴海は、東京が火の海と化すのを涙しながら観ているだけであった(またかい)。

過去作との対比のお話

ファンの間でもよく話題に出るが、過去作と比較してどちらが面白いか?などというのは、あくまで個人的なランキングにすぎない。
どれが好きかは個人の自由だし、好きに楽しめばいい。
そういった意味では、90年代某アメリカのジラさんも許容する必要があるかもしれないが、それはまた別の話にしておく。

破壊神であったりパパであったりヒーローであったりと、様々な形で怪獣王として崇められているキャラクターが、こうして映画界に再び戻ってきたということだけで鳴海は嬉しい。
シリーズが終了してしまう寂しさを払拭するというよりかは、”ゴジラは永遠に無くならない。人間が居る限り必ず存在する”という証明をしてくれたような気がする。

いつものブログ記事よりも長々と書くくらいには、今作へのリスペクトが強い。

一個の作品として、鳴海はこの映画に対して強い思い入れがあるし、ゴジラ映画としてベスト3に入れるくらい大好きなものとなった。

これを期に制作が決まったかはさておき、アニメ版ゴジラの制作が進められるなど、ゴジラ界に与えた影響は間違いなく多い1作である。

長々と記載したが、神が戻ってきたことを、鳴海は心より嬉しく思う。



「あれがゴジラか……。  --矢口蘭堂」

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