62本目 ゴジラ

1954年
監督:本多猪四郎
主演:宝田明
評価:★★★★★

日本の誇る怪獣映画といえば、言わずもがな”ゴジラ”である。
もう一体”守護神”が居るわけだが、それはまた別の回に。



ゴジラ 東宝公式ホームページより
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頂点にして原点とはまさにこの映画のこと

モノクロ映画は現代で馴染みがあまりないものだが、この映画を幼少期から観ていた鳴海としては、あまり気にせずに観ることができる。人によっては「そこまで昔の映画観てもねぇ」なんて思う人も居るだろう。
気にすることなかれ。
この映画は、怪獣という一つのカテゴリを確立させた原点。そして、未だこの映画の人気を超えるものが現れない頂点でもある。

未来に、この映画のように怪獣映画を盛り上げる”シン”のゴジラが現れるが、それはまだ先のお話。

この作品は、長きに渡る怪獣映画を語る上では欠かせない存在である。

現実を破壊していく神の姿

人はゴジラを”破壊神””自然災害の代名詞”などなど、様々な呼称をする。

そもそもゴジラという生き物は、核実験による放射能によって突然変異を起こした恐竜のことである。
生き物であれば殺せるはずだが、例え何百発の砲弾を浴びようとも歩みを止めることはない。
”死”という概念が無いというより、その存在自体が”死”に近い。
それは核というものに対するアンチテーゼでもあり、人間という種への警告とも捉えることができる。
一つの怪獣映画が、ここまで考えさせる設定を作り上げたというのも、ゴジラが世界で忘れられることがない怪獣である要素の一つかもしれない。

娯楽と悲しみの狭間

昨今の怪獣映画というのは、いわゆる”娯楽”としてのジャンルで楽しむ映画である。
SF要素のある怪獣映画なので、シリアスな作りをすることもできれば、子どもたちが喜ぶ娯楽作品としての視点もある。
1954年当時、この映画を観た人たちが抱いたのは主に”恐怖”であったという。
だが、鳴海が幼少期に観た時”怖い”という印象はあまり受けなかった。
その前に『ゴジラVSメカゴジラ』を観ていたからか、ゴジラは「かっこいい!強い!」という印象を持っていた。
なので、東京の街を破壊しつつ歩いているゴジラを観ると、自分もフィギュアを使って積み木で作り上げた街を破壊したくなるのだ。
そんな想像力を掻き立ててくれたゴジラであるが、成人後に観てみるとこれはもう末恐ろしい生物だと感じざるを得ない。

映画を楽しむ、という視点が様々に増えたため、カット割りや人間模様を描いたストーリーに着目しながら観ることもあるが、やはり東京に立つ一匹は、この世の終わりを感じさせる恐怖を持っていた。

こうした色んな視点で楽しませてくれるゴジラだが、まさしくシリーズを通して考えていくと、この生物は本当に色んな楽しませ方をさせてくれる。

2017年現在、ゴジラは今も我々の心を動かしている。




「あのゴジラが、最後の一匹とは思えない。  --山根博士」

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